古典的・前衛的

ミースのバルセロナ・パビリオンのほとんど機能を持たないプールの底には 黒いカラーガラスが敷いてあったそうです。プールを反射性の水平面として捉えて 床、壁、天井と等価に扱って空間を構成することを意図したと解釈できないでしょうか。 風に微かに波打つ水面の底に黒いカラーガラスがあるということは 知覚的にどのような効果をつくりだしたのでしょうか。 古典的であることと、前衛的であることは実は本質的には矛盾しないと思っています。 それどころか古典的であることと前衛的であることは、核は同じで表面に出ている方向が違うだけだと思います。 古典的であるとは、建築とは何かを追求し続けること(フランチェスコ・ダル・コ)であり、 本当に前衛的な行為によって何かが生まれたてのときは、それが何か未だ判明していないから、 古典的であることと前衛的であることは矛盾しないのです。 ミースは古典的な思考を先鋭化させることで前衛的な行為にたどり着いたように思えるのです。 ガラスの透明と水の透明を重ねて、液体の水を反射性の水平面として扱うなんて、 なんとロマンチックな建築なのでしょうか。
前へトップページ次へ | MK | 2004/4/15