コンクリートは生き物である。強固な素材にもかかわらず、非常にデリケートである。打設の季節や時間、締め固めや養生の方法等により、実にさまざまな表情を見せる。当事務所でも、コンクリート打ち放し仕上げをよく用いる。それはコンクリートに限らず、素材自体を大切にしたいから、逆に素材を隠す必要がないからでもある。白っぽいものや黒光りする表面、コールドジョイント、ジャンカやピンホール。それらを味がある、当然のものと捕らえるか、不備なもの、好ましくないものと捕らえるか。その感覚は人により異なるし、周りの環境や時間によっても変わって来る。材料の特性で、全く均質なものと成らないのが、予定通りに成ってくれないのが生き物と同じである。個性がある。また、時間とともに色合いや表面のつやなども変化していく。成長していく。老いていく。現在の技術では、補修により、その全てを均質にすることは困難なことではない。しかし出来る限り、生まれたままの姿で手を加えず、我が子のように成長を見守って行きたいものである。 話は変わるが、先日、司馬遼太郎氏の記念館に行って来た。著書の中に、愛嬌という言葉についての記述があり、それは可愛げのある欠点、のような事が書いてあった。コンクリートのさまざまな表情は愛嬌とも言える。安藤忠雄氏設計による記念館もコンクリート打ち放し。その天井には坂本竜馬の影のようなしみが、数年前に表れてきたと新聞記事と共に残されていた。
前へトップページ次へ | MY | 2005/12/15