竜安寺の石庭について

竜安寺の石庭を訪れたことがある。
石庭の中では抜群に知名度の高い場所であると思われるが、
確かに、世界中から見学者が来ているようで、禅の思想も何も無く、実ににぎやかであった。

 

この石庭がそれほどに人の目をひきつけるのはなぜか。
その秘密は、石庭自体にあるのではないと考えている。


石庭に至る前に、我々はまず、大きな池を含む緑豊かな広大な庭園を歩くことになる。
その後、壁に囲まれた、ある意味で非自然である石庭に至る。
有機的で直線が無く広大な庭園と、無機的で四角く囲まれた狭い石庭。
そのギャップは、見るときの印象に少なからず影響を与えるはずだ。

 

またこの石庭を囲む壁は、外部からは、ほぼ植栽に隠れて見えない。
この石庭には、いわば外観が無い。
そのため、石庭を遠くから客観視するような視点も持つことが困難になっている。
前記のようなドラマチックな演出を含むシークエンスから逃れる視点を持ちがたい。

 

石庭が明らかに四角いと認識されるのも、純度の高い空間であるというイメージを強めるのに有効である。
竜安寺の石庭の横には、実際には別の庭がつながって存在するのであるが、
印象に残りやすい「四角」に比較して、隣の庭は印象に残りにくい。
後に思い出す時に、「四角」の外側になにがあったか、はっきり思い出せる人はあまりいないのではないだろうか。
この印象に残りにくい部分は、意図的に、背景として、印象に残りにくくなるように演出されているのではないか。

 

誰もが言うように、石庭の中には何も無い。
そこに何も無いのに皆が注目するのはなぜか。
それは、何かがある部分、つまり周囲が、中心に注意が向くように演出されているからであると考えている。

前へトップページ次へ | TT | 2008/4/26