セラミックパークMINO

磯崎新アトリエによる設計の、セラミックパークMINOを訪れた。
焼物の歴史のある地であり、建物にも随所に焼物を使用している。
それは、床や壁のみならず、笠木やルーバーにも及んでおり、地元の特徴を活かそうという意図がよく伝わってくる。

メインアプローチには長いトンネルがあり、そこを抜けると、唐突にひらけた場所に出る。そこからまた細いエスカレーターを下ると、吹抜けを含む広いホールへと至る。
狭い/広い、高い/低いといった抑揚がつけられているのであるが、驚きや感動は少ない。
狭い通路を通っているときに、次に広い空間が用意されていることが予測でき、まったくその通りになるからである。

幅や高さだけでひとを感動させることはできないのだということを学んだ。
ホールが広いことや、その前後が狭いことは、一般化した語彙である。それを本当にニュートラルにつくっても、人はニュートラルな感情しか抱かない。その広さや、その高さを納得させるような、それぞれに適した素材やディテール、かたちの表現がなければならない。

この建物には、ショッピングゾーン、会議場、美術館が含まれ、複合的で複雑なプログラムである。高低差の大きな不整形の敷地であり、自然保護もしなければならない。貴重な展示品のために、展示室は免震もしている。
それが池のある庭を中心に美しくまとめられ、随所に焼物も配されているのであるから、まったく見事である。

しかし、素材の選択やディテールが、その場所の質に対応するように考えられているようにはあまり感じられず、各場所の質が均質になっているのが、感動を半減させているように感じた。

前へトップページ次へ | TT | 2008/5/10